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■■■ 歴史の流れ ■■■
関東、東北での転戦を経て新撰組 土方歳三は、榎本武揚らとともに北海道を目指します。
仙台から8日間かけて北海道へ
1868年(明治元年)10月12日に仙台から北海道に向う
1868年(明治元年)10月20日 北海道上陸、着船場所は、森町鷲ノ木
上陸時の模様 「暴風雨」
碑に書かれてある説明文では、上陸時、積雪30センチ、北西の強風、海は相当荒れていたとのこと。
まともな上陸ではなかったようです。
開陽丸をはじめ回天、蟠龍など7隻で人数にして二千人、うち上陸したのは、土方歳三ら陸上部隊
であったと言われてます。
函館に直接向わず、森町鷲ノ木に着艦
国際貿易港の函館での戦闘を避けるために函館には直接向わず森町に着艦。
函館には領事館や外国貿易商が多数住んでいた。そのころの彼らの持ってくる情報 は非常に貴重で頼る
ことが大きかった。また、新しく国を造る際に彼らに認知してもらう 必要性があった。
経済価値以外にも戦闘を避けたかった理由はあったようです。
地元漁師さんのコメント
函館でも10月20日前後で積雪30センチは、めったにない積雪です。さららに内浦湾の漁師さんの コメント
では、 「場所によっては潮の流れが強くなることがあり、小さなプレジャーボートだと転覆や沖に 流されることも
ある。」とのことです。
上陸後の鷲ノ木の役割
鷲の木は、上陸後も後方陣地として使用されました。そして、高森台場、湯の崎台場、石川原口沢台場
を構築して、海からの備え強固なものにしました。
鷲ノ木ってどんな町
このころの鷲ノ木は、住居150戸、住民800人。先日、鷲ノ木に行ってきましたが、昔のほうが、戸数、 人口
ともに多かったようです。
立地的に茅部方面に通じる道と函館に通じる交通の要点となっていますので、戦略的にも押さえた ほうがいい
ポイントだと思われます。
現在の鷲の木は、静かな漁師街です。
次の土方歳三の予告編
北海道に着いた土方歳三らは、函館 五稜郭に進攻することになる。
「新撰組 土方歳三」が北海道で兵を率いる!
ここから、土方歳三の連戦連勝が始まる!
6月15日公開予定の「蝦夷共和国宣言」の1ページ「新撰組 土方歳三 北海道上陸」を公開しました。
内容的には、こんな感じになります。
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