新撰組土方歳三 北海道上陸地点 森町鷲の木  
土方歳三函館観光名所
VOL.01 北海道上陸地点
土方歳三、北海道の第一歩はここからはじまる!!「森町 鷲の木」

▲これからのPOINT▼

土方歳三が北海道に上陸して戦死するまで約半年間、その半年間の時系列を追うとわかり易いよ!
おすすめ函館歴史観光
ここは、小さな漁師町です。観光客は、ほとんどいません。たぶん、上陸碑の傍に立っているは、あなただけでしょう。

この上陸碑だけを目的に見に来るのはおすすめするか迷うところですが、大沼公園や函館-札幌間の移動の際には、おすすめです。

天気がよければ、この辺で幕末の思いにふけて、お弁当を食べるのもいいかもしれません。道の駅で食べるより、ずーっと気持ちいいこと請け合いです。
一応、車を止めれる場所もあるのでGOOD!

おすすめ指数 ★★★☆☆


おすすめ交通機関
現実的にこれと言った交通手段がない。レンタカーがベスト。タクシーならJR北海道 森駅からになる。

函館駅から車で約90分、森駅から車で10分・国道5号線 バス停 鷲ノ木下車 徒歩3分

駐車場の心配はいらない。

アクセス方法
私がはじめて行ったときは、海岸線を走ったので相当迷ったがアドバイスするのであなたは簡単に行ける。

函館から大沼を越えて国道5号線をひたすら真っ直ぐ。森町に入り最初の「湯の崎トンネル」の手前100mの右側(海側)に稲荷神社がある。そこを右折、鳥居をくぐることになる。(看板あり)
そこまで行けばすぐにわかります。

もし、鳥居を過ぎてしまっても大丈夫。トンネル手前を左折して山側に行ってもなぜか鷲の木の海岸線に出ます。

北海道茅部郡森町鷲の木
土方歳三も嵐のあとに駒ケ岳を眺めたに違いない。

北海道駒ケ岳
何にもない所だが、天気がよければ眼前に秀峰 駒ケ岳を望むことができる。
また、土方歳三の北海道上陸地点となれば行く価値があるような気がする。

鷲の木資料館
近くの鷲ノ木資料館の外に資料が20点くらい展示されています。資料館の下にある公園に石碑があり、さらに線路を越えたところに、木の記念棒があります。

森町に鷲の木を守るために造られた3つの台場がある

榎本武揚土方歳三新撰組
  土方歳三が、北海道に上陸したときは、暴風雨で一面銀世界。


雪の「鷲の木」にこだわった写真です。近年、雪が少ないのでこの写真が精一杯。

 


■■■ 歴史の流れ ■■■

関東、東北での転戦を経て新撰組 土方歳三は、榎本武揚らとともに北海道を目指します。

仙台から8日間かけて北海道へ

1868年(明治元年)10月12日に仙台から北海道に向う

1868年(明治元年)10月20日 北海道上陸、着船場所は、森町鷲ノ木

上陸時の模様 「暴風雨」

碑に書かれてある説明文では、上陸時、積雪30センチ、北西の強風、海は相当荒れていたとのこと。
まともな上陸ではなかったようです。
開陽丸をはじめ回天、蟠龍など7隻で人数にして二千人、うち上陸したのは、土方歳三ら陸上部隊
であったと言われてます。


函館に直接向わず、森町鷲ノ木に着艦


国際貿易港の函館での戦闘を避けるために函館には直接向わず森町に着艦。

函館には領事館や外国貿易商が多数住んでいた。そのころの彼らの持ってくる情報 は非常に貴重で頼る
ことが大きかった。また、新しく国を造る際に彼らに認知してもらう 必要性があった。
経済価値以外にも戦闘を避けたかった理由はあったようです。

地元漁師さんのコメント

函館でも10月20日前後で積雪30センチは、めったにない積雪です。さららに内浦湾の漁師さんの コメント
では、 「場所によっては潮の流れが強くなることがあり、小さなプレジャーボートだと転覆や沖に 流されることも
ある。」とのことです。


上陸後の鷲ノ木の役割

鷲の木は、上陸後も後方陣地として使用されました。そして、高森台場、湯の崎台場、石川原口沢台場
を構築して、海からの備え強固なものにしました。


鷲ノ木ってどんな町

このころの鷲ノ木は、住居150戸、住民800人。先日、鷲ノ木に行ってきましたが、昔のほうが、戸数、 人口
ともに多かったようです。
立地的に茅部方面に通じる道と函館に通じる交通の要点となっていますので、戦略的にも押さえた ほうがいい
ポイントだと思われます。
現在の鷲の木は、静かな漁師街です。




次の土方歳三の予告編


北海道に着いた土方歳三らは、函館 五稜郭に進攻することになる。
「新撰組 土方歳三」が北海道で兵を率いる!
ここから、土方歳三の連戦連勝が始まる!

6月15日公開予定の「蝦夷共和国宣言」の1ページ「新撰組 土方歳三 北海道上陸」を公開しました。
内容的には、こんな感じになります。


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